998A3A2F D304 414F A33C 5C804BEE67E8 1 201 a scaled
2023.10.12

先の見通せない時代だからこそ、全力で出来る好きなことに挑戦したい

8人介せば世界はつながる

フリーライターとして伝統芸能、美術工芸、医療、教育、料理、暮らし、演劇、就職、結婚、ファッションなど、多岐にわたるジャンルで取材、執筆活動をしている湊屋 一子さんによる連載企画「8人介せば世界はつながる」。
4半世紀を超えるキャリアの中で、最年少は10歳・最年長は95歳、のべ3000人以上にインタビューをしてきた湊屋さんが、今気になる人に会って話を聞き、ジャンルをまたいでつなげていきます。


 私の本業はこうして人に会い、原稿を書くことだが、それ以外にちょこちょこほかのことをして、小銭を稼いでいる。例えば着物のスタイリングだとか、手タレだとか、アイディアをまとめる際の壁打ち相手だとか、まあその他いろいろ。誰かに「これやって」と言われたら「はいよ」と答える、安請け合い大王である。「この道一筋」という専門家を尊ぶし、一つのことを突き詰めていくというのはすごいことなのであるが、副業当たり前の時代になった今、目移りしながら「あれもやってみよう、これもやってみよう」というのは、新たな才能開拓。違うジャンルで、今までとは違う人と出会い、そこで大いに喜ばれることもあるはずだ。


ー 印刷屋がクラフトビール醸造所へ挑戦 ー

 新橋にある「Arts & Crafts Kawachiya」は、一階に醸成所を持つ、新橋産の地ビールを出すブリューパブ。2階へあがると、壁にはしゃれたペーパークラフトが飾られ、奥には何やら大きくてかっこいいマシンが展示されている。このマシン、実は活版印刷機である。

 「なぜビールを飲む場所に輪転機があるか? これ、うちの本業だからです」

 Kawachiyaこと河内屋は祖父の代から印刷屋だったと、説明してくれるのは河内屋の当代・國澤良祐さん。

IMG 2755
河内屋 代表 國澤 良祐さん

 「私が継いだときは、両親だけでやってるような小さな印刷屋で、仕事はどこかの孫請け・曾孫請けの、頼まれたものを頼まれたとおりに印刷するだけ。細々とした仕事でした」

 國澤さんはもっと面白く印刷の仕事がしたいと思い、近所にあったデザイン事務所で、印刷に回ってくる前の工程であるデザインを勉強させてもらう。

 「そのころ120万円くらいでマッキントッシュのパソコンが発売されて、自分でそれを買ってうちでもデザインに使うようになりました。そのころから河内屋の流れが変わったんです。デザインを理解したことで、ただ頼まれたように印刷するのではなく、デザイナーの思いを最終的に形にする際に非常に重要な、どんな紙を使うか、どんな印刷技術を使うかといった相談に乗れるという、付加価値のある印刷屋になった。デザイナーの求める表現を追求するために、より多彩で、クオリティの高い技術と機械の導入を進めていきました」

 新橋という土地柄、広告代理店やデザイン事務所が多く、例えば大使館で行われるVIPを招いてのイベントの招待状といった印刷を頼まれることも。印刷業界が薄利多売に傾いていく中で、河内屋は特殊加工印刷、ハイクオリティの印刷物ならここ、という風に、逆に高価格帯印刷で生き残っていく。

 「そこへオリンピックがやってくるというので、さまざまな印刷物の発注が見込まれる。資材を購入し、設備にも投資したところで、コロナが来たのです」

 オリンピック関連だけでなく、結婚式その他、ありとあらゆるイベントが中止や無期延期になり、当然招待状やフライヤー、ポスターなどの印刷の発注も一切なくなる。いつまで続くかわからない、未曽有のピンチを迎え、國澤さんは新たな道を模索し始めた。

 「あの時は本当にタイミングが悪かったですね。すでに印刷業界全体はネットにとってかわられてきていて、いずれ紙媒体は滅びるみたいに言われだしていたため、うちとしても『書く楽しみ』を広げていこうと、ノートやカード、その他文具周りのペーパークラフトのブランド・KUNISAWAを立ち上げ、世界に発信していこうとしていた矢先でもありました。でも展示会などもすべて中止になり、せっかく作った商品を多くの方に見ていただくこともできません」

IMG 2829
KUNISAWA プロダクト1
IMG 2832
KUNISAWA プロダクト2

 まさにお先真っ暗という状態。だが國澤さんはそこでがっくり膝をついていたわけではなかった。

 「こうなったら何か別のことをしなくちゃいけない。何をする? 自分がやりたいことをやろう。そう思って始めたのが、ビール造りだったんです」

 コロナ禍で飲食店は大打撃を受けていた……にもかかわらず、ビール??

 「もともとうちは梅干しや味噌などを手作りするうちで、私も素人ながら自分でビールを作ったりしていたんです」

 國澤さんがビール造りに出会ったのは、若いころアメリカや南米を放浪していた時のこと。自宅で作ったビールをふるまわれたり、作り方を教わったりして、帰国後も趣味で自分が飲むためのビール造りをしていたという。

 「大鍋2つで煮込んでいって……という量なので、もちろん業務としてのビール造りとは別物です。でもどうせ何をやるのも大変なら、自分が興味があって好きなことを全力でやりたい。醸造免許なども必要なので、知り合いのブルワリーに頼み込んで、週に一回、一年くらい研修に行かせてもらいました」

 2020年5月にブリューパブオープンのプロジェクトを始め、一年半ほどかけて醸造免許を取得。機材を購入してビール造りに取り掛かった。 「貯金はもちろん、将来のためにかけてた年金なども解約して投資しましたので、ドキドキはドキドキでしたね(笑)。意思決定は早いけれど、トライ&エラーが多すぎると(笑)周囲に言われてますし。でもおかげさまで今年(2023年)の2月のジャパングレートビアアワードで、銅メダル(ケグ部門)を受賞できるまでにこぎつけました」

ー 新橋だからこそ味わえる、地域に根ざしたブリューパブに ー

 ビールの材料はごくシンプル。主に水と麦とホップだが、新橋の地ビールというからには、その材料は新橋産なのだろうか?

 「もちろん新橋の、東京の水です。東京都の水道水は利根川水系の水で超軟水。塩素と水道管の汚れを完全に除去して飲むと、すごくおいしいんです。水質がビールの本場であるドイツやチェコの水に似てて、ピルスナービールに向いています。大麦はドイツ、ホップはチェコとピルスナービールの本場から仕入れています」

 こうした國澤さんの取り組みを応援してくれたのは、地元・新橋の人々。

 「地元の飲食店さんでうちのビールを入れてくれる店も何軒かあって、そこでうちのビールを知ったお客様から『自分の記念日にオリジナルラベルのビールを作りたい』というご依頼が発生したりしています。何しろラベルを作るのはお手の物なので(笑)」

 さらにはJR東日本が音頭をとって始めた、新橋駅周辺で行われている新橋産ホップづくりとのコラボも決まっており、やがては水とホップが新橋産というビールも製造される。近隣の虎ノ門のホテルでも、国澤さんの作る新橋産のビールの取り扱いが始まるなど、河内屋のビールは新橋名物に成長しようとしているのだ。

IMG 2813
IMG 2815

 ブリューパブ「Arts & Crafts Kawachiya」でも、ビールを切り口に印刷業の新規客が開拓されている。 「棚に飾ってあるペーパークラフトを見て『なんでパブに?』と興味を持ってくださって、うちが印刷屋でこういう物を作っててというのを知ってくださって、例えば結婚式の招待状をお任せいただいたりというのはありますね。みなさんけっこう印刷に興味を持ってくださって、例えば飾ってある色見本を眺めながら、一人でビールを飲んでるお客様とか、普通のパブにはない過ごし方をしている方もけっこういます」

ー クラフトマンシップ精神で培ったモノづくりへのこだわり ー

 一見無関係な印刷とビールだが、國澤さんの中では「ライフスタイル」という点でつながっているらしい。

 「ネットに取って代わられつつあるとはいえ、やはり手を動かして物を書いたり、紙で何かを記録する・知らせたりするというのには、ビジュアルデザインと手触り、質感の魅力があります。こうした魅力を広めていくペーパークラフトも、ビールも、その人のライフスタイルを彩るアイテムなんだと、私は考えています。全く違うものではありますが、お客様の生活を豊かにするという点では通じている。そして送り出すこちら側としては、どっちもクラフトマンシップなんですよ。それを通して自分自身を見つめなおすような、どこまでも深掘りしていきたい、そういうモノづくりをずっと続けてきたし、これからも続けていきます」

IMG 2789

 国澤さんの好きな言葉は、ピカソの「I do not seek, I find」(私は探し求めない。見出すのだ)。漫然とした、自分の中にある何かと向き合うこと、そうした時間を作るアイテムとして、文具もビールも同じカテゴリーに入る。文房具のブランドとして立ち上げたKUNISAWAを、ライフスタイルブランドに育てていくのが、今後の取り組みだそうだ。


株式会社 河内屋(印刷事業)
設立 昭和46年10月
本社 105-0004 東京都港区新橋5-31-7 Kビルディング
代表者 國澤 良祐
https://www.kunisawa.tokyo/

2017年、文具ブランド KUNISAWAの立ち上げ
https://kawachiya-print.co.jp/

國澤麦酒株式会社(醸造運営・酒類販売事業)
本社 〒105-0004 東京都港区新橋5-31-7 Kビルディング
代表者 國澤 良祐
https://www.kunisawabrewing.tokyo
〒105-0004
東京都港区新橋5-31-7 Kビルディング 1F
TEL:03-3431-8380

SHERE
SEARCH
SEARCH
JOIN US