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2023.12.20

美味しいコーヒーとおしゃべりで、緩やかにつながるコミュニティづくり

8人介せば世界はつながる

フリーライターとして伝統芸能、美術工芸、医療、教育、料理、暮らし、演劇、就職、結婚、ファッションなど、多岐にわたるジャンルで取材、執筆活動をしている湊屋 一子さんによる連載企画「8人介せば世界はつながる」。
4半世紀を超えるキャリアの中で、最年少は10歳・最年長は95歳、のべ3000人以上にインタビューをしてきた湊屋さんが、今気になる人に会って話を聞き、ジャンルをまたいでつなげていきます。


 落語に出てくるお坊さんは、物知りという設定がお決まりのパターン。知らないことを聞かれて、素直に「知らない」というと沽券にかかわるというくらい、お坊さん=物知りというのが常識になっている。一番有名なのは「寿限無」だろう。待望の子どもが生まれ、檀那寺の和尚さんにめでたい名前をたくさん考えてもらった父親は、全部いい名前だからとそのすべてをつなげて、とんでもなく長い名前を子どもにつけてしまい……という話だが、とにかく昔は何か困りごとがあれば、お寺に行ってお坊さんに相談するのが当たり前だった。

 だが現代において、何か悩みがあるからとお寺に行く人がどれだけいるか? かくいう私には、檀那寺と思うお寺すらない。子どものころは何か悪さをすると、近所のお不動様に連れていかれて「お不動様に謝れ!」と言われていたが、それもたまたま近所だったからで、そのお不動様は我が実家の檀那寺ではないどころか、お宗旨も違った。いいかげんなものだが、悪さをしたらお不動様に……というのは、それでもかなりお寺に対する距離が近いほうだったと、今にして思う。


 昨今、お寺はいろいろ大変らしい。檀家が減ったりお葬式が簡素になったりで、お寺の維持費が大変というのもよく耳にする。そうなった最大の理由は、お寺と人々の距離が遠くなったからだと、以前から言われていた。いわゆる「葬式仏教」と揶揄される悪印象を払拭しようと、若手のお坊さんたちが「まずはお寺に足を運んでもらうきっかけに」と、お寺を開放してヨガ教室やカフェを開いたり、仏教に親しんでもらおうと瞑想や写経のワークショップを開催したりしており、そうした新しい取り組みが話題にもなっている。

 足立区にある全學寺の若住職夫妻が主催する「ゼンガクジ フリー コーヒー」も、そうした一つなのかと思っていた。週に1回開かれている「ゼンガクジ フリー コーヒー」は、シングルオリジンのいい豆を使った、ハンドドリップのコーヒーが無料で配られ、地域の人たちが集う場になっているという。

 日暮里・舎人ライナーの「舎人」駅から数分歩くと、のどかな休日の住宅街の一角に、かわいい木製のワゴンが出ていて、数人が立ち話をしているのに出くわす。お寺の駐車スペースと聞いていたので、私の脳内では勝手にお寺の建物の前をイメージしていたが、この場所からほとんどお寺は見えない。むしろごく一般的な家庭の駐車スペースだ。

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 「お寺のために始めたのかって言われると、むしろ理由はお寺に嫁いだ私の妻が輝ける場所を作りたい、ですから」
主催者のひとりである大島俊映さんは、全學寺の若和尚。パートナーのむっちゃんこと睦美さんあってこその、ゼンガクジ フリー コーヒーなのだと言う。

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大島 俊映さん
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むっちゃんこと睦美さん

 「妻の素敵なところはいろいろあるんですが、1つには美味しいコーヒーを淹れられること、2つには誰とでも楽しくおしゃべりができることというのがあって、そういう彼女の魅力が生かせる場所を作りたかった。もちろん地域に貢献したいという思いもあります。お寺の役割って、大きく言えば地域の人を応援することだと思ってます。それにはまず一番身近な人を応援したいじゃないですか」

……なんかのっけから、のろけられてるぞ。

 「それが念頭にあったんですが(笑)、地域に貢献したいって気持ちはずっとあり、地域の人たちがゆるく繋がるコミュニティを作りたいと考えていました。でもそれはお寺のためではなくて、地域のため。お寺色を出さないほうが、人が立ち寄りやすいと考えました。最初から誰か来てくれるだろうとは思ってなくて、誰も来ない日は自分と妻でコーヒー淹れながらおしゃべりして、その日が終わるのでもいいなというくらい、ゆるく始めました。幸い初回を含めて誰も来なかった日は一日もありません」

 大島さんは地元生まれの地元育ち。町内会の青少年部長も務めるほど、昔ながらの地域のコミュニティにコミットしている。

 「私が子どものころはこの辺りはずっと畑で、舎人ライナーができたころ、住宅が増えてよそから引っ越してくる人が増えてきた。今はまだ、昔ながらの地元の人と新しく来た人の間に、そんなに交流はないかもしれません。でも私はそれを無理にはつなげようとは思っていないんです。うちは両方とつながっているし、そういう人が何人かいれば、今のところ無理に新旧の住人をつなげようとしなくても、やがてどこかで交わる場所はできると思ってて」

 そんな場所の一つとして、ゼンガクジ フリー コーヒーも機能し始めている。また大島さん自身もここで近所の人と話をすることが増えたし、子ども食堂などほかのコミュニティづくりをしている人たちと知り合うきっかけにもなったそうだ。

 「町内会のような、昔からあるコミュニティもまだなくなっていませんが、そこにつながってる人は減っている。多くの人が、会社と家の往復で毎日が終わっていて、地域のコミュニティとつながるきっかけがない。ライフスタイルが変化しているから、がっちり昔ながらのコミュニティに入って、いろんな地域活動に参加できる人は少ないですよね。でも会社の人間関係だけだと、退職した後やることなくなっちゃうじゃないですか。私は、複数のコミュニティにゆるくつながっていると、行き詰りにくくなったり、たのしいことが増えたりすると思っているんです。だからゼンガクジ フリー コーヒーも、そうしたコミュニティのひとつとして、地域においておきたいなと」

 そう話す大島さんを、コーヒーを飲みに来た先代の町内会青少年部長が、ニコニコしながら見ている。

 大島さんはなぜコミュニティが大切だと考えるのか。

 「以前参加したビジネス講習会で、好きな言葉を3つ挙げるよう言われて、私は『安心 』『喜び』『応援』を挙げました。私は自分も楽しみながら、自分が知り合った人を応援するのが好きなんです。残念ですが、今後ますます少子高齢化が進んで、これから日本は貧乏になっていくと、私は読んでいます。特にローカルの分野はその線で進んでいくだろうと。そうした中で、いろんな価値指標をお金の多寡にすると、本当にしんどくなる。でもその評価指標を応援に変えれば、応援の循環で地域全体がよくなっていくんじゃないかと思ってるんです」

 そのために人々がいくつかのコミュニティを横断しながら、ゆるくつながっていくことが必要になる。コミュニティは非日常のイベントではなく、日常の中にあるものでつながっていく。だからゼンガクジ フリー コーヒーは開催間隔をあまり空けず、定期的に開催すると決めている。

 現在、週に1回開かれているゼンガクジ フリー コーヒー。下世話なことを言うようだが、収支はどうなっているのか心配になる。無料で一杯ずつ淹れてくれるこのコーヒー、かなりいい豆を使っているのだ。

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 「いろんなコミュニティがあるけれど、無料でおいしいコーヒーが飲めて、好きな時間にふらっと寄って、好きな時間に帰るというのは、敷居が低くて立ち寄りやすい。ここで、おいしいコーヒーというのは、コミュニティツールとしてすごく重要なんです。無料なんだから、安いコーヒーでいいんじゃないかと心配してくださる方もいらっしゃるんですが、おいしいコーヒーがあるから人が集まる。当然ですがこれは私たちの持ち出しになってます。日本は民主主義と資本主義でまわっていて、それは人々の安心安全のために欠かせない二つだと思っていますが、ゼンガクジ フリー コーヒーは、その二つの主義の外側でやりたいんです。私とむっちゃんの二人で全部決められるところでやる。ここは課題解決の場じゃなくて、価値創造を二人でやる場なんだって気持ちです。もちろん実際にお金は出していて、それはお寺の収支で賄っていますが、それはお墓が売りたいとか(笑)そういうのではなくて、周囲の人に還元する、そういう気持ちでやってます」

 この日、コーヒーを淹れてくれるのは睦美さんだけでなく、区内で「子ども食堂「たべるば」の女将をしている川野礼さんも、睦美さんに教わりながらコーヒーを淹れていた。川野さんの活動の繋がりで中学生男子2人も遊びに来ている。

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真ん中:子ども食堂「たべるば」の川野 礼さん

 「最近、ゲストバリスタとして、川野さんのように別のコミュニティの人に来てもらったりすることもやっています。ここでいろんな人が妻を中心に溶け合っていく、ゆるいつながりが生まれていくのを見るのが、私の喜び。近所の方も来るし、お寺にお墓参りに来た方も立ち寄ってくださる。そこにクオリティの高いスペシャリテコーヒーと、彼女のおしゃべりがあって、みんながニコニコしてるのを見るのが嬉しい」

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 誰が主というのがなく、フラットに人々が交流できる場所でありたいと。

 「なんだかんだ言ってお寺ということで、こうした活動がしやすい環境ではあったと思います。予算と場所があって、いろんなことができる可能性がある。それをうまく活用して、今後も地域に根差した活動を続けていこうと思っています」


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