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2022.12.22

インナーウェア × グラフィックデザインで鮮烈なアート体験を提案する《UNDERXCORE》。ビビットでポップなプロダクトに託されたファッション/アートの垣根を払う大胆なメッセージとは 【前編】

 ファッションとは身体に纏い、自分自身を表現するもの。アートとは、外側から観賞するもの――香港と日本を拠点とするブランド《UNDERXCORE》は、そんな「当たり前」の概念を、まったく新しい形で覆そうとする。2017年にインナーウェアブランドとしてスタートした《UNDERXCORE》のプロダクトはいずれも、ビビットな色使いと大胆に配置されたグラフィックの組み合わせが鮮烈な印象を残す。何よりも興味深いのは、インナーウェアという、普段の生活では他人の目に触れることのないアイテムをブランドの根幹に置いている、ということだ。ブランドサイトを見ると、他にもソックスや、スイムウェアや室内履き(スリッパ)など、すべてのアイテムが身体に直接的に接面していることに気付く。 

もっとも自身と親密な関係性を持つファッションアイテムとしてのインナーウェア。そこにグラフィックが配置されたとき、アートは身体性を獲得する。と同時に、身体は自身をキャンパスとしてアートをフィジカルに体験する。アートと身体性、双方向の関係性をまったく新しい、自由な視点でとらえ直そうというこの試みは、ファッション/アートへの能動性を取り戻そうという宣言と言い換えることが出来るかもしれない。 

香港、アメリカ、日本という異なる文化環境の中での体験から、自分自身とアートの関係性を見つめ続けてきた《UNDERXCORE》デザイナー、BARRY KAN氏に話を聞いた。 


香港という激動の歴史を持つ都市で育ったからこそ気付いた、「ゆらぎのアイデンティティ」 

イチロー) もともとのキャリアは、グラフィックデザイナーとしてスタートされたとお伺いしました。どのような経緯で、現在のようなウェアラブルな作品作りに至ったのでしょうか?

BARRY) アメリカのAcademy of Art Universityという美術大学で、グラフィックデザインを専攻していました。そこでデザインを学び始めました 。

イチロー) アートを学ぶ場所としてアメリカを選んだのはなぜでしょうか?

 BARRY) 僕が中学生の頃、とても面白いと感じるアートとの出会いがありました。Keith Haringの作品です。ポップな、ストリートアートですね。色使いもすごくて、衝撃を受けたんです。それがまず理由の一つ。あと、その時代の香港という都市は、アートよりも金融や不動産が盛んな都市だったんですね。大学の中でもアートや美術という専攻はほとんどなかった。だから、大学に進学して美術を学ぶのであれば、選択肢としてはアメリカかイギリスかな、と。 そしてアメリカの美術大学で勉強していたとき、日本について知る機会があり、だんだんと興味を持つようになりました。で、卒業後は日本に行くことにしたんです。最初は日本語学校に通って、その後は立命館大学の姉妹校である、九州のアジア太平洋大学で社会学を学びました。

イチロー) アメリカから日本へ、アートから社会学へと、全く別の分野を学びたいと考えたのは、なぜなのでしょうか?何かしらの繋がり、文脈があったのでしょうか?

 BARRY) もともと香港でも、日本のポピュラー・カルチャーに影響を受けていました。15、16歳の頃から日本の漫画も読んでいましたし、ドラマなんかも観ていました。当時は日本語は分かりませんでしたが、日本のファッション雑誌、例えば『装苑』なんかを(日本で売っている)倍くらいの値段で買ってました(笑)。写真を見るだけでも楽しかったですね。でも、日本への留学を決めた一番の理由は、やはりアメリカの大学で出会った友人たちの影響ですね。 その頃、大学では毎年デザイン・コンテストが開催されていたんですが、入賞していたのはほとんど日本人の学生だったんですね。彼らの作品を見てみると、やはり和風なもの、伝統的な和柄を使っているものが多かった。 

私が育った香港という都市は、かつてイギリスの植民地だった歴史があります。私が生まれたのは80年代ですが、1997年に中国に返還されました。つまり、私たちは97年を境に“中国人になる”という経験をしているんです。実際、私が教育を受けていた頃はイギリスのシステムでした。つまり、私たちのような世代は、香港人としてのアイデンティティというものにおいて、とても曖昧な感覚があるのだと思います。 一方で異なる国の人たち、特に日本という香港の近くにある国の人たちを見てみると、様々な伝統的なものを持っている。着物であったり、食べ物であったり、桜であったり。じゃあ、香港には何があるだろう?みたいな(笑)。そういった、アイデンティティの明確な国の人たちと出会ったことで、羨ましいというか、ある種の憧れを感じた部分はありました。それをもっと深く知りたい、研究したい。そういう国で生活してみたいと考えたのが、日本の学校で社会学を専攻した理由ですね。アートから離れた部分で日本という国を学びたいと思いましたし、在学中に様々な体験をしました。 そこを卒業した後に、またグラフィックデザインに戻るんです(笑)。印刷会社に入って、グラフィックデザイナーとして最初のキャリアを積みました。勤めていた3年間で印刷に関する知識を学びました。もともと“プリント”というものに、とても興味を持っていたので。現在、《UNDERXCORE》で手掛けている作品もほとんどがプリントです。私がデザインしたアート、作品をそのまま生地に落とし込んで商品にする、というその基本的な知識もこの時期に得たものですね。 

ー 他人を気にせずに本当にファッションを楽しむ、アートを楽しむためのプロダクト=インナーウェアという新しい価値観の提案 ー

イチロー) 学生時代からその頃までに学ばれた平面的なグラフィックデザインが、現在の《UNDERXCORE》で取り扱っている、立体的な形に発展したのはいつ頃、どんなきっかけがあったのでしょうか?

BARRY) アーティストのほとんどは自分の作品を人に“見せたい”と思うものです。ただ、僕としては――これは《UNDERXCORE》のコンセプトでもあるのですが――見えない部分の方が可能性があるんじゃないか。見せるよりも、もっと中身を大切にするというか。一日の中でもっとも長い時間身に付けるものって、インナーですよね。そういう部分からお洒落をすることって面白いんじゃないかな、と思うんです。 

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イチロー) とても興味深い観点ですね。大抵の場合、ファッションというものは自分自身を表現したり、他者からこう見られたいという願望を伝えるためのツールとして用いられることが殆どです。一方、《UNDERXCORE》が提唱するのは、あくまで自分自身とアートのプライベートな関係性を生み出すプロダクトということですね。 

BARRY) それは最初からコンセプトとしてありましたね。自分がデザインしたものは色柄であったり、絵画的なアートであったりするわけですが、それをもっとも良く表現できるキャンパスがインナーウェアだった、ということだと思います。逆に、Tシャツやパーカー、ジャケットといったアイテムでは、自分がもっとも作りたいアートは表現できないように思います――これは、とても感覚的なものではあるのですが。

イチロー) Tシャツでは表現できず、インナーでは表現が可能なものとは? 

BARRY) やはり“自己表現”というポイントだと思います。それを外側に出して見せようとすると、そこには必ず他人の目を気にする、配慮してしまう部分があると思うんです。自分はそれが本当に好きなのに、他人からの見え方を気にして(着るのを)やめてしまったりする。 欧米は個人主義の傾向が強いので好きなものを自由に着る人が多いですが、やはりアジア圏では人に対しての配慮というか、気を使うことが多いですよね。自分が好きなものであっても、隠してしまう場合がある。でも、インナーであれば、他人の目を気にすることなく本当に楽しむことが出来るんです。 自分や、自分のもっとも親しい人たちとアートを楽しむことが出来る、という意味において、こういった形のプロダクトは存在する価値があると思います。

ー 表現したいと思うものに限界を設けず、 さらにその奥まで突き詰めていくことこそブランド《UNDERXCORE》の根幹 ー  

イチロー)  あなたの作品の多くに植物や動物といった自然物が登場します。それが、蛍光色のような自然界には存在しないカラーと組み合わされています。この自然物×人工物という掛け合わせは意図的なものなのでしょうか? 

BARRY) それは、僕自身の日常生活と関係していると思います。僕は、実際に日常で経験したことを、夢でも見るということがよくあるんですね。それは体験であったり、風景であったりするんですが、『あ、これ、前に見たことあるな』っていう。そういうものが夢に登場してくる。ただ、夢でのその体験や風景は、現実のものとはまた別のものです。そこからインスピレーションを受けて、作品を作ることが多いですね 。

イチロー)  ファッション・デザイナーとして、自分と似た感性を感じる、あるいは影響を受けた人物はいらっしゃいますか? 

BARRY) 今、パッと思い浮かぶのはデンマークのHenrik Vibskovというデザイナーでしょうか。彼も“洋服をキャンバスにする”というか。特にソックスなんかのインスタレーションはポップなものが多いんですよね。 先ほどもKeith Haringの名前を出しましたが、(ファッションというよりも)そういったストリートアートからのインスパイアが大きいと思います。すごく派手で、『そこまでやらなくてもいいんじゃないの?』っていう(笑)。それくらい奥まで、常に限界まで攻める、という部分には衝撃を受けましたね。

 イチロー)  平面のグラフィック・アートから、立体的なプロダクトに移行する過程において、ご自身の攻め込む限界、突破するラインがより拡がっていったということはありますか? 

BARRY) 《UNDERXCORE》をスタートした最初の1、2年は、やはり色々な意見を言われました。『このデザインは色も素敵だし、インナーウェアじゃなくてTシャツとか、外に見えるものにした方がいいんじゃないか?』といったような、アドバイスもありました。で、そういう意見を聞くと……やっぱり、人って考えてしまうんですよね(笑)。当然、デザイナーとして自分なりの価値観を持ちたいとは思う一方、プロダクトとしてきちんと人に届けたい、売りたいという気落ちもあるわけです。そこでの衝突、葛藤はありました。すごく難しい部分ですよね。でも、5年後、10年後の《UNDERXCORE》の存在理由を考えたら、やはり自分が表現したいことにブレがあってはいけないんだ、という結論に至りました。 日本のブランドにしろ、海外のブランドにしろ、スタートアップから何年経っても、もともとの主張をしっかりと保っているブランドが成功していると思うんです。それがあってこそ“ブランド”に成り得る。自分自身の価値観、主張を維持し続けることが大事なんだと思います。 

後編へつづく・・・


Profile

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BARRY KAN 

グラフィックデザイナー/インナーウェアデザイナー/キュレーター

Academy of Art University Media Arts専攻 卒業 香港出身 香港/名古屋在住

サンフランシスコの美術大学卒業後、大阪広告制作会社にて、ファッション関係のカタログ・パンフレット・ポスターなど、紙媒体を主としたデザインを手掛け、2009年よりフリーランスに。2016年よりライフスタイルブランド「UNDERXCORE INNERWEAR」を日本で立ち上げ、オリジナルグラフィックを落とし込んだインナーウェアやホームグッズを展開。現在日本とイギリスの百貨店やセレクトショップ、合計17店舗で取り扱い。2021年より「SMILE CODE」というキュレーションプラットフォームを設立。ファッションをはじめ、アクセサリー、バッグ、陶器、アイウェア、アロマキャンドルなどクリエターズブランドを集め、編集し日本と世界を繋ぐ。


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