地方移住とアーティストのWin × Win な関係性
8人介せば世界はつながる
フリーライターとして伝統芸能、美術工芸、医療、教育、料理、暮らし、演劇、就職、結婚、ファッションなど、多岐にわたるジャンルで取材、執筆活動をしている湊屋 一子さんによる連載企画「8人介せば世界はつながる」。
4半世紀を超えるキャリアの中で、最年少は10歳・最年長は95歳、のべ3000人以上にインタビューをしてきた湊屋さんが、今気になる人に会って話を聞き、ジャンルをまたいでつなげていきます。
先日、隣家の妻さんと立ち話していたら「息子が『パパは働いてない』と思ってて……」とため息をつく。その理由が、①小学生の息子が出かけるとき父は寝ていて、夕方学校から帰ってくるとまだ寝ている ②いつもパソコンに向かってなんか絵をかいたりしている だそうだ。ちなみに隣家の夫さんはゲームクリエイターで、ほぼ在宅勤務。夜型で仕事しているので、明け方寝ている→小学生の起床時には寝たばかり、子どもが学校行った後、お昼前に起きて会社の人と連絡とりあったりなんだりして、昼食後昼寝→子供が帰ってくる頃はまだ昼寝中、てなことになってるらしい。よそのお父さんは毎日会社に行ってるよという友達の声もあって、なかなか理解されないようだ。
たいていクリエイターとかアーティストの生活なんて、世間にはあまり理解されず、むしろ不審な目で見られるもの。人づきあいの薄い大都会であれば、それほど問題視されないが、地縁、人の縁が濃い地方では、そうした人物(特に移住組)は、まだ何もしていないのに問題視されてしまうこともある。
昨今、過疎化に悩む地方で地方自治体が音頭をとり、移住者を募る活動があちこちで行われている。もちろんうまくいっているところもあるが、昔からの住民との軋轢で出て行ってしまう移住者の話もかなり耳にする。移住者がある程度多いところだと、移住者は移住者でコミュニティーを作り、地元住民とはほとんど交際していないというような話もあり、正直なところ、アーティストの地方移住にあんまりハッピーなイメージを抱いていなかった。
「んー、ここでは地元の人はアーティストが来るといいことがあるって思ってくれてますね」
という西岳拡貴さん。彫刻家の西岳さんは群馬県の中之条町というところで、地域おこし協力隊の一員として移住し、任期を終えた今も、そこで暮らしている。
中之条町と西岳さんの出会いは、中之条町が長年開催している中之条ビエンナーレがきっかけだった。
「中之条ビエンナーレは、アーティストがじっくりひと月くらいかけて作品を現地で仕上げて、というような、大きな作品が展示できる。そこが気に入って出展を決めたんです。実際にひと月くらい、小学校の木造校舎で寝泊まりしてたんですが、そこから見える朝日がものすごくきれいだったんですよ。それがすごく印象的でした」
中之条ビエンナーレは2023年に9回目を迎える。ビエンナーレは2年に一度なので、18年の歴史を持つということになる。
「その18年の経験の中で、中之条の人たちはビエンナーレがあると、町によそからたくさん人が来て、町が活気付く、アーティストが来ると町にいい影響があるという風に思ってくれるようになってるんです。自分は地域おこし協力隊として中之条に移住してきましたが、この町の地域おこし協力隊の仕事はまさにビエンナーレの運営なので、ただ『他所から移住してきたアーティストです』というより、『あ、ビエンナーレの運営の人なんだ』で受け入れてもらいやすかったというのは、好条件だったと思います」
ビエンナーレの準備や広報活動で忙しい中、地域の人から“身近なアーティスト“として、仕事を依頼される。
「たとえば商店街から『エコバッグ作りたいからデザインして』と依頼されたり。でもその商店街はお客さんが買った商品を袋に入れてお買い回るような商店街じゃないんですよ。エコバッグ作ってどうするの?って聞くと、まあ商店街だから買い物バッグ…‥みたいな漠然としたイメージで。いやそれじゃ面白くないでしょって、色々考えて、もうちょっと長いスパンで作りましょう、その商店街を通学路にしている高校があるので、高校生と一緒にバッグのことを考えてみましょうよって企画にしたんです」
商店街としてはアーティストにかっこいいバッグ作ってもらって売れればいいな、という気持ちもあったらしい。
「こっちもただデザインするだけの方が全然楽ですが、それなら別に自分がやる意味はない。その高校に環境工学科という学科があって、そこの生徒たちと一緒に作りましょうってなったら、商店街の人たちは高校生と話す機会が生まれて、この町は昔こんな風だったんだよっていう話をすると、高校生は商店街に興味持ってくれるようになってきたりして、ただバッグを作って売る以上の価値あるものが生まれてきた。この、商店街と高校生が一緒に作るバッグは、次のビエンナーレに出展する予定ってところまで来てます」
西岳さん自身は彫刻家だが、こうしたプロジェクトの企画者としての仕事も増えている。
「町の人たちがアーティストをうまく活用してくれると、アーティストもそこで仕事が生まれて、移住しやすくなるんです。アーティストはゼロからものを生み出すのが得意。アーティストと一緒にゼロから何かを作る楽しみを地域の人に味わってもらいたい。中之条でも広告とか看板とか、アーティストに依頼する人が増えてます」
たとえ東京のような大都会でも、アートで食ってくのは大変だ。地方移住ではもっと、そこで生計を立てていけるかというのが大きな問題になる。地域おこし協力隊として給与をもらっている西岳さんにも、3年という隊員としての期限がある。
「最初は忙しくてそれどころじゃないって感じでしたが、だんだん地域おこし協力隊の期限が近づいてくるにつれて、2年目くらいから考え始めましたね。そこでアートそのものじゃない、何か違うことをやってみようという気持ちもありました」
その一つがチョコレート作りだった。
「彫刻を食べるというか、ビジュアルの芸術を食感で味わうって面白いなと思ったんですよ。食べて消えてしまうアートというのも面白いし。でもやっぱり食べ物は美味しいが最優先。自分はそこのところにあまりこだわりはなかったけれど、いい材料と丁寧な作り方で作れば、美味しいんですよね。仲間と一緒にチョコレート作ってる時間もすごく楽しい。アートとしてではなく美味しいチョコレートってことで売れることに葛藤もあるんですが(笑)、そこは食べ物だから美味しい方がいいですもんね」
チョコレート作りを始めたことで、また新たに地域の人たちとのつながりもできた。
「なんかアーティストと地元の子が一緒にチョコレート作ってるというので買いに来てくださる方もいて、すごくありがたいです。アーティストが地元で仕事を受けてというだけでなく、中之条でアートを商売にする人もあらわれて、ギャラリーなども3〜4ヶ所生まれてます。ビエンナーレの時だけじゃなく、アート巡りができる町になってきているんです」
中之条で古い家も買ったという西岳さん。ではいよいよ本格的に定住かと思いきや、中之条だけで活動するのではなく、拠点の一つと考えている。
「贅沢なこと言うと、今、すごくいい感じなんですよ。家も買って、いい仲間と仕事して、そこそこ収入あって生活が安定している。こうなってくるとなんか違うことがしたくなる(笑)」
物事が継続の段階に入ると、またゼロから作りたくなるのが西岳さんの性。
「一つのことに集中して、ずっとやってくる人というのはすごいと思います。今一緒にチョコレート作ってる仲間がまさにそう。そういう人に、自分は全然敵わない。自分は思いつきで勝負するタイプで、ただその思いつきの精度が高い。先のビジョンを描いて思いつきを形にしていくのが、自分の役割かなと思ってて。安定してきたら、継続が得意な人に渡していく。自分で全部やるんじゃなくて、人の力を借りて人と人を繋げて何かを作るのが、自分は好きなんだと思います」
西岳 拡貴
長崎県出身。彫刻家。
中之条ビエンナーレをきっかけに地域おこし協力隊として2018年に移住。現在、群馬県を中心にアーティストとして活動中。
http://new.nishitake.jp/
2008年 愛知県立芸術大学彫刻科卒業
2010年 東京藝術大学大学院修士課程修了
2018年 地域おこし協力隊として群馬県中之条町に移住
2019年 nakanojo kraft project立ち上げ
2021年 中之条ビエンナーレ テクニカルディレクター
主な個展
2017 STRIPPER Gallery N 神田社宅/東京
2017 何が価値を決定するのか、について何を知っているのか MAD City Gallery/千葉
2014 今日もここで呼吸している Gallery N/愛知
2012 APMoA Project,ARCH vol.3 ROAD OF SEX 愛知県美術館/愛知
2010 縮んで伸びて穴を掘る〜Action〜 Gallery N/愛知
2010 TOP OF THE MOUNTAIN 市民ギャラリー矢田/愛知
2010 dig dig dig Gallery N/愛知
2009 SIFT Gallery N/愛知
主なグループ展
2022 つくばアートサイクルプロジェクト Bivi/茨城
2019 Drifting over the border 境界線上を漂う Copper Smithy/フィンランド
2018 Tracing of Strangers VIENTO ARTS GALLERY/群馬
2018 対流風景 Convective Scenery 2018 53美術館/中国
2018 こだま芸術祭 旧パチンコ屋/本庄
2017 中之条ビエンナーレ国際芸術祭 イサマムラ/群馬
2016 指導者の声は紙の擦れる音をかき消す程度には大きい Gallery N/愛知
2013 ncomplete ideas 〜 we make the sheet of collecting ideas 〜 Gallery N/愛知
2013 あいちトリエンナーレ アートラボあいち/愛知
2012 二貴岳人展 Gallery N/愛知
2010 漂流する映画館 nitehi works/神奈川
2010 6 SOLO EXHIBITION 市民ギャラリー矢田/愛知
2010 「続・続・続」展 市田邸/東京
2010 東京藝術大学修了制作展 東京藝術大学/東京
2009 ナントカ8 -域- 旧坂本小学校/東京
2009 ナントビエンナーレ ナント/フランス
2008 愛知県立芸術大学 卒業制作展 愛知県美術館/愛知
2007 ※※※※展 市民ギャラリー矢田/愛知
2007 長久手アートフェスティバル 長久手文化の家/愛知
2007 本から街が見えた時 西尾商店街/愛知
2006 no where man 市制資料館/愛知
2006 GROUP SHOW 市民ギャラリー矢田/愛知
2006 お寺で発表会 唯法寺/愛知
2006 飛べ!二十歳の記憶展 CBCスタジオギャラリー/愛知
2006 森山アート・コンテンポレイニアス展 旧日通倉庫/長崎
2006 Message From Body Pepper’s Gallery/東京
2005 森山アート・コンテンポレイニアス展 鵜殿邸/長崎
2005 縁展 タイピント画廊/長崎
2004 森山アート・コンテンポレイニアス展 鵜殿邸/長崎
2003 Re展 森山図書館/長崎
主なワークショップ
2017 アップサイクルアートプロジェクト 潤徳女子高校作品展 MAD City Gallery/千葉
2014 ほぅほぅステーション ワークショップ計3回 OWLGOKOコミュニティースペース/千葉
2014 フェイクスイーツパラダイス銀河 新松戸アトリエ/千葉
2013 あいちトリエンナーレ アートラボあいち/愛知
デジレクション 2022 科学と芸術の丘 マルシェエリアディレクション 松戸/千葉
ARTWORKS